背伸びのままで。

良い話題があった時に更新します。

発信することの恩恵を地味に受けているなと最近思います。

昔からSNS上で発言が多い人ではあるのですが、最近はお客さん以外とはだいたいFacebookで繋がってしまっていて、普段の他愛もない考えや、記事の紹介や、ブログも含めて見られるようになってきました。

ぼくの発信に対しては、いいね!もシェアもコメントも大してされないのですが、予想の10倍以上の人に見られているような実感があります。

Facebookで繋がっている人と会うと、だいたいぼくの投稿の話をしてくれるんですよね。で、ぼくも話題探しを対してしなくて良いので、会話の糸口探しをしなくて済む。

初対面が苦手なぼくにとって、この恩恵は非常に大きいのです。

しかも、自分のポストは少なくとも自分の興味があることなので、話を深堀りできるし、相手が触れてくれるということは、相手にとってもいくらか興味がある分野だとも言えるわけです。

そうなると、ちょっとぐらい自分が暴走しても相手は聞いてくれるし、不快にならないんですよね。一方で、相手がなにか考えを持っているときは、こっちも受容できる状態なので話が盛り上がります。

さっきも書いたようにいいね!もシェアもコメントもされていないので、これは自分で頻繁に発信している人や、Facebookページを実際に運用しながらフォロワーの人と話をしたりしてみないとなかなか実感できないことだとも思います。やるのとやらないのでは全然違う。

そもそも、最近はほとんどの投稿にリンクがついていて、リンク見終わった後にわざわざいいね!することなんて余程のことがないとやらないですよね。そう考えると、投稿へのいいね!をKPIにするのって、あんまり現実的じゃないのも実感できます。しかし、実感できる立場じゃないと実感できないことだとも思うんですよね。

自分で触った人じゃないと、計測できることしか評価できないし、その溝が埋まらない限り、投稿へのいいね!数とかがいつまでもKPIとして置かれ続けるのは避けられない気がします。

だんだん脱線してきたし、飲んで書いているので久しぶりの記事はこの辺で。とにかく、発信する側の感覚は、発信しない側の感覚と全然違いそうだ、という話でした。特にインターネットに限った話ではないのですが。